園の概要

施設概要

施設名 東京都船形学園
所在地 〒294-0056 千葉県館山市船形1377
TEL・FAX TEL:0470-27-2921   FAX:0470-27-2932
設立 明治42年5月(東京市養育院安房分院)
児童定員 64名
敷地面積 36,236.15㎡
建物 3,838.91㎡ gaiyo_heimenzu
(管理サービス棟1、児童棟2、遊戯ホール棟1、指導棟1、職員住宅棟1)

事業概要・事業計画等

gaiyo_jigyo gaiyo_keikaku gaiyo_houkoku gaiyo_hyouka

船形学園職員心得・虐待防止規定

gaiyo_gyakutaibousikitei gaiyo_kokoroe

個人情報保護

東京都船形学園は、個人情報の保護のために、「個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)」、「福祉関係事業者における個人情報の適正な取扱いのためのガイドライン(平成16年11月厚生労働省)」、「東京都個人情報の保護に関する条例(平成2年東京都条例第113号)」その他関係法令等を遵守し、以下の方針に基づき個人の権利利益を保護することを宣言いたします。
gaiyo_kojinjyohohogo

沿革

明治33年 8月 5日 東京市養育院の海浜療養として勝山保養所を開設
明治42年 5月16日 虚弱児施設として現在地に安房分院を設置
大正 6年 6月 安房分院の記念碑(磨崖碑)の竣工
昭和18年 7月 1日 都制施行により東京都養育院安房臨海学園と改称する
昭和20年 2月28日 第二次世界大戦中、軍から学園建物の明け渡し要請があり、
学園児童は、事業の中心を栃木県塩原に移していた養育院塩原分院に疎開
昭和24年 8月23日 児童福祉法第41条による養護施設となる
昭和30年 7月16日 東京都安房児童学園と改称する
昭和34年11月26日 学園開設50周年式典実施
昭和44年 3月31日 船形寮全面改築完成
昭和53年 6月 1日 船形寮・那古寮が分離独立し、東京都船形学園となる
平成 9年 3月31日 全面改築完成
平成10年 4月 1日 改正「児童福祉法」が施行され、児童養護施設となる
平成12年 4月 1日 学園の事業運営が社会福祉法人東京都社会福祉事業団に委託される
平成21年10月31日 100周年記念式典を実施

船形学園の成り立ち

eiiti_sibusawa養育院は、窮民、孤児等の収容施設として創立されましたが、当初は大人と子どもの混合収容でした。
しかし、入院児童の中には結核による虚弱児童が多く、感染拡大の防止や保養を目的に、これらの児童を分類して収容し転地療養するための海浜療養所を開設する必要がありました。
その出発点となったのが勝山保養所の開設です。
勝山保養所は、明治33年8月に千葉県勝山の篤志家広田松次郎所有の民家を借り、その1ヶ月後に同町法福寺の堂宇に移転して試験的に開設されたものでしたが、児童が健康を増進させるなど成果が見られたことから、養育院分院として永久化すべき、ということとなりました。
そして、当時の相川織江船形町長ほか人々の協力のもと、明治42年5月、現在の地に一般虚弱児童を広く受け入れ小学校教育を授ける海浜療養所として、養育院安房分院が設置されました。
養育院初代院長である渋沢栄一は自ら何度も船形の地に足を運び、子どもたちに「渋沢を親と思い強くあれ」と語りました。
後に竣工された磨崖碑には、「約10年で子どもたちの多くは若死を免れることができた」と記されており安房分院の果たした役割が大きかったことが伺えます。

養育院安房分院(明治42年)
養育院安房分院(明治42年)

磨崖碑

大正6年6月、安房分院の由来とその事業を記念するために竣工されました。
撰文は三嶋中洲博士、書は渋沢栄一によります。
崖の高さは16m、碑の高さ10m、幅6m、一文字の大きさが30㎝四方、房州石に彫られた国内有数の碑です。

磨崖碑竣工式(大正6年)
磨崖碑竣工式(大正6年)
現在
現在

園の歴史

東京都船形学園は2009年(平成21年)で開設100周年を迎えました。

明治33年 8月 5日 東京市養育院が結核児童の転地療養施設として試験的に勝山保養所を開設
明治42年 5月16日 結核児童に限らず広く一般虚弱児童を入所対象として、勝山から現在地に移転し養育院安房分院を設置(船形学園の始まり)
大正 6年 6月 船形町有志の発起により、渋沢養育院長の揮毫による磨崖碑が安房分院内に完成 
大正12年 9月1日 関東大震災によりほとんどの建物が倒壊したため、養育院巣鴨分院に避難する 
大正14年 3月 震災による復旧工事が終了し巣鴨分院から船形に復帰した 
昭和 6年 8月 震災による「追悼碑」を院内に建立 
昭和18年 7月 1日 都政施行により東京都養育院安房臨海学校と改称する 
昭和20年 9月20日 終戦により塩原から船形に復帰した 
昭和23年11月 児童福祉法が施行され、同法に基づく療育施設となる 
昭和24年 8月23日 児童福祉法第41条に基づく養護施設に転換 
昭和26年 4月 1日 園内教育を廃止し、全児童が地元の小・中学校へ通学を開始 
昭和30年 7月16日 東京都安房児童学園と改称 
昭和30年 8月25日 戦災孤児等保護のために開設された箱根児童学園、小豆沢児童学園、中井児童学園の整理統合により、東京都第二安房児童学園が開設
昭和34年 4月28日 これまでの物故児童のため「よい子の墓」を隣接する大福寺に建立 
昭和35年 4月 1日 第二安房児童学園を安房児童学園に整理統合しそれぞれ安房児童学園船形寮、那古寮となる 
昭和53年 6月 1日 船形寮、那古寮が分離独立し、それぞれ東京都船形学園、東京都那古学園となる 
平成10年 4月 1日 児童福祉法が改正され、同法に基づく児童養護施設となる
平成12年 3月31日 那古学園の事業が廃止される 
平成12年 4月 1日 船形学園の運営が東京都社会福祉事業団に委託される 
平成17年 4月 1日 4年間の試行を経てグループホーム「かしの木」を開設 
平成18年 4月 1日 船形学園が東京都社会福祉事業団の指定管理施設となる 
平成21年10月31日 船形学園100周年記念式典を実施 
勝山保養所(明治33年)
勝山保養所
(明治33年)
安房分院全景(明治44年)
安房分院全景
(明治44年)
関東大震災の被害大正12年
関東大震災の被害
(大正12年)
震災復旧後の学園の全景
震災復旧後の
学園の全景
(大正14年)

 

船形海岸での水泳訓練(昭和12年)
船形海岸での
水泳訓練
(昭和12年)
秋の運動会昭和36年)
秋の運動会
(昭和36年)
那古学園全景(昭和53年)
那古学園
(昭和53年)